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妊娠と甲状腺疾患

第4回母性内科学会総会 (東京, 2019.7.28)に、副院長が参加してきました。あまり聞き慣れないと思いますが、母性内科学とは、妊娠期を中心に、妊娠前から妊娠後にかけての内科的合併症の治療や将来の疾病予防と健康増進を目的とした学問とされています。別頁でも述べましたが、特に咳ぜんそく気管支喘息糖尿病甲状腺疾患において、妊娠や出産に配慮した適切な対応ができるよう、これからも学会などにも積極的に参加してまいりたいと思います。それでは、今回はちょっと難しいですが、妊娠と甲状腺疾患についてです。

甲状腺自己免疫疾患であるバセドウ病や、慢性甲状腺炎などの甲状腺疾患は女性に多く、妊娠可能年齢に好発することが知られています。また甲状腺ホルモンが多くても少なくても、流早産、妊娠高血圧症候群、低出生体重児のリスクが上昇すること、不妊症の原因にもなることから、近年注目されており、妊娠前からの適切な管理が重要です。甲状腺疾患の一般論については、以前にも述べさせていただきましたので、詳細はこちらもご参照下さい。

最初に、妊娠や出産における甲状腺機能低下症の管理についてです。健診などの採血では、甲状腺ホルモンを測定する機会はあまりないと思いますが、近年、不妊治療をきっかけに甲状腺ホルモンを測定され、甲状腺疾患が発見されることが増えてきています。まだ自覚症状のない状態であっても見つかることもあります。

・FT4 甲状腺ホルモン 基準値0.82~1.63 ng/dl
・TSH 甲状腺刺激ホルモン 基準値0.38~4.31 µIU/ml

慢性甲状腺炎などの甲状腺機能低下症  (FT4 低値 かつ TSH 高値) では、甲状腺ホルモン量が不足するため、その補充療法であるレボチロキシン  (チラーヂンS®) の内服を行います。一方、潜在性甲状腺機能低下症  (FT4 正常 かつ TSH 高値) といい、まだ甲状腺ホルモン量自体は正常範囲内の状態であっても、流早産との関連性があることが明らかになっており、特に不妊治療を行う際には、積極的に甲状腺ホルモンを補充することが推奨されています。

また妊娠中に関しては、特に妊娠5-15週に甲状腺ホルモンの需要が1.4倍に増大することから、レボチロキシンを内服中の方は、妊娠成立後に増量が必要になることが多いです。補充量に関しては、適宜採血でFT4やTSHを確認しながら、TSH値2.5 µIU/ml未満を目安に調整していきます。

続いては、妊娠や出産におけるバセドウ病の管理についてです。バセドウ病では、甲状腺ホルモン量が過剰になってしまいますが、治療としては、①薬物療法、②放射線治療、③手術に分かれます。それぞれのメリット・デメリットがあり、方針によって治療の期間や治療を受ける施設も異ってくるため、患者さんと相談しながら決定しています。

①薬物療法を選択することが最も多くなりますが、こちらは当院でも行うことができる治療になります。抗甲状腺薬にはチアマゾール  (メルカゾール®, MMI) とプロピルチオウラシル  (プロパジール®, PTU) があります。一般に、チアマゾールの方が、効果・副作用・服用回数が少ないことなどからも、非妊娠時には第一選択薬として使用されています。

しかし妊娠初期のチアマゾールの胎児への影響として、奇形 (腸関連奇形と臍帯ヘルニア)が知られており、妊娠初期 (妊娠10週未満) は可能であれば、プロピルチオウラシルに変更したり、一時的にチアマゾールを中止する場合もあります。

また出産後、しばらくしてからバセドウ病が悪化することがあり、注意が必要で、抗甲状腺薬が必要になることもあります。特に授乳する場合、抗甲状腺薬の乳汁への移行を考慮して、チアマゾール 10mg/日、プロピルチオウラシル 300mg/日までは投与可能としています。

以上のように、甲状腺疾患をお持ちの方は、妊娠前から少しずつ準備が必要です。母子とも安全に出産を迎えられるように、適切な治療を受けていただきたいと思います。

 

甲状腺疾患

首の前、こんなところに、蝶の形をした甲状腺という小さな臓器があります。甲状腺は内分泌臓器の中では最大であり、甲状腺ホルモンを分泌しています。心臓・消化管などの臓器や、骨・皮膚など “全身の新陳代謝” を制御しています。よって、首の前にある小さな甲状腺の疾患にもかかわらず、”全身” に悪影響が出てしまうのが特徴的です。甲状腺ホルモンはたくさん出ても、逆に少なくても、不調に陥りますが、前者を甲状腺機能亢進症、後者を甲状腺機能低下症といいます。日本甲状腺学会『甲状腺疾患診断ガイドライン2013』に沿った診療を行います。

甲状腺機能亢進症には、バセドウ病、無痛性甲状腺炎、亜急性甲状腺炎などがありますが、バセドウ病が最も多いです。バセドウ病は、TSHレセプター抗体 (TRAb)という自己抗体が産生されてしまい、甲状腺を刺激し続けます。その結果、甲状腺ホルモンが過剰に産生されてしまいます。

男性よりも女性に4倍多く、遺伝的要因と環境要因が影響しているといわれていますが、原因ははっきりわかっていません。若い患者さんは典型的な症状が出ることが多く、診断に結びつきやすいのですが、高齢の患者さんでは、少し食欲や活気がないといった症状のみとなり、診断に苦慮することもあります。症状は次のようなものがあります。頻脈・体重減少・手指のふるえ・発汗 (甲状腺中毒症所見)、首が腫れる (びまん性甲状腺腫大)、眼球突出など眼の症状。

治療は、①薬物療法、②アイソトープ治療、③手術になりますが、日本では、抗甲状腺薬の内服による薬物療法が圧倒的に多いです。喫煙により、バセドウ病が悪化することが知られており、禁煙することも必要です。

次に甲状腺機能低下症です。橋本病 (慢性甲状腺炎)がその代表ですが、甲状腺摘出後など治療に関連したものや、また海藻 (ヨウ素)の取り過ぎなどでも発症することもあります。

橋本病は、20-40代の、やはり女性に多く、男性の10倍とされます。原因は自己免疫の異常により甲状腺組織が破壊され、慢性炎症が生じることによります。その結果、甲状腺ホルモンが作られなくなり、甲状腺機能低下状態になるため、新陳代謝が遅くなり様々な症状があらわれます。症状として、無気力、抑うつ、記憶力低下、寒がり、皮膚乾燥、脱毛、浮腫、体重増加、月経異常、便秘などがあります。

治療は、レボチロキシン (チラーヂン)という、甲状腺ホルモン製剤を内服して頂きます。不足するホルモンを補充するわけです。治療目標は、各臓器機能が回復し、自覚症状が改善し、生活の質を保つことになりますが、採血にて甲状腺ホルモン値を確認することで、投薬量の調節を行います。当院では、院内での甲状腺ホルモンの測定が可能ですので、受診日に採血を行い、同日に結果を確認し、投薬量の調整ができますので、患者さんにメリットがあると思います。

最後に、甲状腺疾患は若い女性に多いことから、妊娠・出産などのライフイベントに影響することがあります。妊娠中の投薬、甲状腺機能の管理には特に注意しながら、女性医師ならではの視点でも、診療にあたらせて頂きます。